« 2023年2月 | トップページ | 2023年4月 »

2023年3月

2023年3月27日 (月)

大震災12年目の関連報道(中国新聞・河北新報・南日本新聞)

一昨年の10年を過ぎた後は,社会的関心が薄れるのではないか,と勝手に危惧しておりましたが,今年は13回忌ということもあって,3.11の前後に各報道機関は相当の報道をしてくれました。そのうち,小欄と関係の深いもの3件を紹介させていただきます。

(1)39日中国新聞(広島)「災害時の安否不明者、名前公表案に評価の声 中国地方などの被災地 円滑な運用への懸念も」

https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/278973 

小欄が215日に触れた 「内閣府(防災)の氏名公表に関する方針案」に関し、中国新聞から、電話取材を受けました。取材・執筆は,同社東京支社所属のY記者でした。36日に,河北新報を介して,メールで申込みがなされ,8日に電話取材を受け,翌9日には記事になるというスピードでした。小欄への取材に基づく記事内容としては,

  • 「自治体が迷うことなく,公表に踏み切れる」と指針案を評価する。
  • (東日本大震災の際の宮城県警による公表について)「安否確認や遺体の身元判明につながった」と振り返る。
  • (指針案が公表の必要性を認めない「長時間が経過し救助の可能性がない場合」について)「短い期間でしか認められないとの認識が広がる」と案じる。
  • 「方針で相談ダイヤルの取り組みにも触れるべきだ。今後も議論と修正を続けてほしい」と望む。

という形で,基本的に,小欄の主張をそのまま載せていただいたので,感謝に堪えない思いです。

(2)311日河北新報「誤報だった「仙台・荒浜で200300の遺体発見」 当時の担当記者が経緯を検証」

https://kahoku.news/articles/20230310khn000030.html 

こちらは,小欄で何回か紹介したS記者の筆によるものです。実は,この関係の取材は,同記者から2年前の「大震災10年」の時に受けていて,一度,同社の「note」にS記者の署名記事が掲載されていたのですが,「地元でも弊社内でもあまり知られていないことから加筆修正し、WEB記事として発信しました」(S記者)とのことでした。

この「荒浜200-300遺体の誤報」については,小欄としては痛恨の思い出であり,自戒・反省教訓の意味を込めて,語り部活動でも必ず紹介しております。

今回のWEB記事では省略されていましたが,2年前の下記「note」版の方は,宮城県警広報課が2011311日午後1016分に掲示した「参考情報第68報 件名・死亡者数」メモの現物写真も掲載しており,まさに,誤報発出の「動かぬ証拠」を突き付けられた感がありました。

https://note.com/kahoku_shimpo/n/n7b7bb4d9a4bb 

このメモにある「荒浜12丁目」という地番は実は存在しない(注:「荒浜」,「荒浜新1,2丁目」という地番は存在する)ので,S記者は当時少し疑問を持ったそうですが,結局は,初日夜というタイミングでの最初の大きな犠牲者の「数字」が出たことの「重み」もあって,同紙をはじめ各紙がそのまま報道し,「事実」として流布する事態になりました。

小欄としては,正確な被災情報の収集・発信(特に直接見聞情報と伝聞情報の峻別),地番確認の必要性等,極めて重くかつ手痛い教訓を得た,まさに生涯忘れ得ない出来事であり,それを思い起こさせてくれる貴重な報道です。

警察は,誤報は出してはなりません。しかし,だからといって,災害時にも確認が取れるまで発信しないという姿勢を取り続けることが正しいかどうか,は疑問です。「未確認情報」である旨の注意書きを,しつこいくらいに付けながら,あくまで参考情報として提供することはできないものか。これからも自問を続けることになりそうです。

(3)316日南日本新聞(鹿児島)「殉職14人消えぬ悔恨 元宮城県警本部長に聞く 迅速な情報発信に葛藤」(注:オンライン版の掲載なし)

こちらの取材・執筆は,同紙の若手K記者でした。取材を受けたのは26日でしたが,K記者は,河北新報主催「東日本大震災に関する記者講座」(関心のある地方紙の若手が対象;初めて実施した模様)に参加するため来仙中でした。大震災教訓の風化防止のため,同講座を企画・開催した河北新報と,来仙機会に当時の関係者に取材しようとしたK記者の積極姿勢に敬意を表しつつ,以下,記事中の小欄発言を部分引用させていただきます。

  • (仙台市荒浜「200-300遺体」発見の誤報について)「警察無線が集中し、現場の警察官が平静さを欠いて言葉足らずになったり、伝聞だと伝え損ねたりした結果、未確認情報が事実と化し拡散したのだと思う」
  • (警察官14人の殉職について)「なぜ『海岸線から一斉撤収せよ』と指示を出せなかったか。時間的余裕がなかったのは事実。津波に迫られ助かった警察官は『撤収指令が出ても目の前に住民が残っていれば逃げられなかった』と明かした。崇高な使命感だが、だからこそ強く命じるべきだった。悔恨の念は消えない」
  • (南海トラフ地震で約2000人の死者が出るとの鹿児島県の被害想定について)「一人でも多くの命が無事であることはその後の救助活動にも影響する。大丈夫だと思い込まず,まずは避難する意識を持ってほしい」

以上3件,謝意を込めて,紹介させていただきます。今後とも,東日本大震災に関する「語り部」等の活動をできるだけ継続したい。そういう決意を新たにするきっかけになりました。

2023年3月 3日 (金)

河北新報報道(2023/3/2)「犠牲者身元特定に成果 不明者情報」

2月15日の小欄(内閣府(防災)の氏名公表に関する方針案)で触れた「行方不明者相談ダイヤル」に関し、昨日、河北新報が「宮城県警 震災直後から積極公開」という記事を掲載しました。11面の全面を使った大震災12年関連の特集記事です。

https://kahoku.news/articles/20230302khn000020.html (有料記事ですが,河北新報ID登録で1日1本の有料記事が読めるとのこと)以下下線小欄

多数の犠牲者と行方不明者が出た東日本大震災で、宮城県警は行方不明者の情報を積極的に公開し、捜索対象の絞り込みや犠牲者の身元確認につなげた。震災後、国内では災害のたびに安否不明者の情報の取り扱いが二転三転する。あの経験は生かされているのか。12年前の対応を振り返り、教訓を探った。

実は、210日に、この記事に関する取材を受けておりました。

同紙では、昨年から、「震災後に入社した記者たちが、読者や被災地の皆さんと一緒に考え、発信」する「震災報道若手記者プロジェクトチーム」を立ち上げ、テーマごとに掘り下げた記事を随時発信しているのですが、同PT所属の2名の若手記者と、旧知のS記者(202129日小欄「10年目の3.11が近づいてきた」で紹介)のお三方から、相当鋭い取材質問を浴びた次第です。

この記事のおかげで、自分の記憶・メモにも残っていなかった「事実」(例.315日の公表範囲が「氏名・住所・年齢」だったこと、17日に身元が分からない犠牲者の特徴・所持品を公表したこと)を再認識することができました。同紙には、ただただ感謝です。

一点だけ、論文・通達と違って、記事なので注記をつけにくいという事情もあって致し方ないと思うのですが、「安否不明者」「行方不明者」の意味内容がはっきり示されないまま、論旨が展開されているので、少し分かりにくい(場合によっては誤解を招きかねない)面があると感じてしまいました。

本来は、下記※の通知文書記載の通り、「安否不明者=行方不明者となる疑いのある者」、「行方不明者=当該災害が原因で所在不明となり、かつ、死亡の疑いのある者」という理解をすべきだろうと思いますが,そうなると「行方不明者」は「安否不明者」の部分集合になります。他方、この記事では、ところどころ、生存可能性がまだある段階(の方だけ)が「安否不明者」、その後、遺体未発見ながら既に犠牲者という段階(の方だけ)が「行方不明者」という前提で書かれている気も致します。

1122日の小欄(広義の行方不明者対策)で触れた内閣府等からの通知文書「災害時における安否不明者の氏名等の公表について」(令和3年9月16日付)https://www.bousai.go.jp/pdf/210916_ampifumeisha.pdf 

例えば、この記事の中で、「元宮城県警本部長は安否不明者の氏名公表が議論の中心となっていることに懸念を示す」というくだりについては、当時の宮城県警がやったのはまさに安否不明段階の方々の氏名公表なので、自己矛盾ではないかとの誤解を招くかもしれない、と少し感じた次第です。

私の真意は、「安否不明の段階での氏名公表だけが議論されていること」に対する懸念だったのですが、ものの表現はなかなか微妙で難しいものだと改めて感じました。

ちなみに、実は、その直後に「遺体の身元を確認し、遺族にお返しするためにも氏名の情報は欠かせない」と書いてあるので、上記の微妙な感覚は、しょせん杞憂(議論のための議論)にすぎないのかもしれません。

むしろ、そういう細かいことより、編集後記で、2人の若手記者が「『1の積み重ね』胸に響く信念」「実態に即した運用 問い続ける」と書いていただいたことに、強い感銘を受けた点をここに書くべきでしょう。

また、この記事を通じて、当時の担当職員の苦闘ぶりや、心情に触れることもできました。

本当によい記事を書いていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

« 2023年2月 | トップページ | 2023年4月 »