2021年6月17日 (木)

暴対法成立30周年

拙ブログ(本欄)の本来の趣旨には、少し外れるのかもしれませんが、今年は大震災10年であると同時に,暴対法(暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律、平成358日に成立し同月15日に平成3年法律第77号として公布)の成立30周年にもなります。

私は、平成27月下旬に発足した暴力団対策立法プロジェクトチームの一員として、立法調査、法案作成、国会対応、施行準備等の業務に従事したのですが、先日、30周年という事実に思い至り、当時のことを感慨深く思い出しながら、某雑誌に掲載予定の雑文を執筆し始めたところです。

その内容等については、いずれ本欄でも紹介させていただくかもしれません。

それにしても、寄る年波か、回顧録めいたことばかりに携わっています。しかし、同時に今後の展望も見据えた未来志向の作業になるようにしたいとも思っており、取り敢えずは標記のことにも注力したいと思います。

警察謝恩伝道士としての大震災教訓伝承活動は、その後、残念ながら開店休業状態ですが、もちろんこちらを忘れているわけではありません。この点、よろしくお願い申し上げます。

 

 

 

2021年5月18日 (火)

手記集のその後

雑用に追われ、小欄の執筆が遅れましたが、例の手記集「あの日 あの時 あの思い」について、地元河北新報が1月前に紹介記事を掲載していただきました。

震災対応、宮城県警25人の苦悩と葛藤 退職者ら手記集出版

https://kahoku.news/articles/20210418khn000019.html

小欄談として、「県警OBに会って当時を振り返ると、自分が知らないエピソードや思いを聞くことがあり、震災経験者の言葉として残す意義があると考えた。教訓として警察以外の人にも広く知ってほしい」とありますが、まさにこの報道の通りの心境です。

このほか、先週11日の読売新聞仙台圏ページでも、本書を紹介していただきました。こちらは、発災時の仙台東警察署長であった菅野敏彦氏の手記に焦点を当てるものでした。

これらの紹介記事については、本当にありがたいことであると感じております。

個人的な知己の中にも、こういった記事を通じて本書のことを知り、読んでいただいた方も多く、その結果としての感想等も寄せられております。例えば、大変お世話になっている出版関係のA.K.氏からは、次のような非常にありがたいコメントを頂戴しました。

「執筆された皆様に共通しているのは、『被害者・殉職者』への思いでしょうか。文章を起こすことに躊躇がある方も多かったものと思われます。しかし、その上でなお、後輩にこの体験を残すという強い使命感の下、いろいろな思いを交錯させながら筆を執り、上梓された『魂の集積』は、この上なく貴重で崇高な手記集になっていると感じます。」

「本づくりの面からは、無理のない章立てと、『もし笑う場面があったとすれば、どういう場面でしたか?』などのコラムをうまく配置し、読み続けるにはどうしてもつらい内容が多くなりがちな中、読み手をコントロールできていると感じました。コラムの内容のような記録も、後輩に当時の状況等を伝える好材料になるものと確信しております。」

我々執筆・編集に携わった者にとって、まさにやってよかったと感じさせていただけるお言葉でした。衷心よりの謝意を込めつつ、ここに謹んで引用させていただく次第です。ありがとうございました。

 

 

 

2021年4月26日 (月)

警察歯科医による死体検案書作成(ぜひ認めて!)

捜査研究3月号に寄稿し、特に検視・身元確認について厚めに書きました。

下記リンクをご参照いただければ幸いです。特にその中の下記拙稿注8については、関係者にぜひご覧いただきたいところです。

今、コロナ禍猖獗の折から、歯科医師にワクチン接種を特例的に認める動きが出ているようです。同じような考えからすれば、大災害時の死体検案書作成についても、(法令改正あるいは解釈変更により)ぜひ歯科医師(特に警察歯科医)にも認めていただきたいと強く思います。

Img_0172

https://www.tokyo-horei.co.jp/author_msg/msg1_008.pdf

(注 8 )一部抜粋 検案医の不足については,特に仙台から遠い検視場所の状況が非常に深刻であった。例えば,下記の南三陸町の報告書には次のような記述がある。p 8 「初期の頃は,遺体の数が多すぎて,警察による死体検案書の作成が滞り,火葬が一時できなくなった。」https://www.town.minamisanriku.miyagi.jp/index.cfm/6,22334,c,html/22334/20191128-200534.pdf 確かに,警察署委嘱の警察医の先生方が死体検案書を書くことから,こういう誤解が生まれるのであろうが,あの大震災を経験した市町村ですらこの程度の認識であるという点は,読者の皆様にも知っていただきたい。全くの私見だが,法改正により,警察歯科医が死亡判断できる(=死体検案書を作成できる)ようにすることが強く望まれる。そうでもされない限り,まだまだ,大規模災害の現場における検案医不足という課題は,未解決といわざるを得ないのではないか。ちなみに,下記厚労省の関係通達でも,「 9 .災害時における死体検案体制の整備」は,結局現場任せのままとなっている。https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000089039.pdf

この関係では、井上雅弘様の下記論述(「歯科医も死亡診断書を作成できる?」)も、大いに参考になります。謹んで関係部分を引用させていただきます。歯科医師もこのように全く問題なく死亡判断ができるわけですから、まさにコロナワクチン接種で歯科医師の注射技能を活用するのと同じ発想で、死体検案体制の論点の解決もこの際図っていただきたいと切に願うところです。

https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=4152

歯科医師が死亡診断書を作成・交付すること自体は問題ありません。歯科医師法施行規則第19条の2第1項柱書は,「歯科医師は,その交付する死亡診断書に,次に掲げる事項を記載し,記名押印又は署名しなければならない」と規定しており,歯科医師が死亡診断書を作成することがあることは当然の前提とされています。このことは,昭和23年に施行された歯科医師法では第19条第3項に「歯科医師は,死亡診断書を交付してはならない」と規定されていたものの,同項は昭和28年8月の改正で削除されるに至った歴史的経緯からも裏づけられます。

死亡診断書と似た書面として,死体検案書があります。書式は同一で,標題部に「死亡診断書(死体検案書)」と記載され,不要なほうを二重の横線で消して使用するとされています。もっとも,死亡診断書とは異なり,死体検案書は医師のみが作成でき,歯科医師は作成できないとされています

2021年4月 6日 (火)

警察庁推薦図書

手記集「あの日あの時あの思い」が2日付で、推薦図書として全国警察に通知された模様です。

大変ありがたいことです。これで、本書が災害対策の教訓として活用されることが期待されます。

2021年3月13日 (土)

手記集「あの日、あの時、あの思い」

ダウンロード - e38381e383a9e382b7_e7b8aee588b7e78988.pdf

東日本大震災、あれから10年。

宮城県警察関係者の手記集をまとめることができました。

編集:宮城県警察退職者有志の会 出版:立花書房 です。
(上記PDFファイルが、チラシになります。警察謝恩伝道士は、同「有志の会」代表に任じております。)

ご執筆・ご協力いただいたすべての皆様に、心より感謝申し上げます。

なお、発刊は4月初めの予定です。

2021年3月 9日 (火)

いよいよ10年の節目

あの日から10年になります。

各報道機関による特集報道も目白押しです。それはそれで、全国レベルでの風化防止には大変結構なのですが、逆に3.11を過ぎたらパタッと止まってしまうのではないか。そう思うと、そちらの方が心配です。お世話になっている某紙のI記者は、「大事な節目ですが、区切りにはしない」という思いで、関連報道を精力的に続けておられますが、このお考えには、強い共感と敬意を覚えます。

先月は、警察謝恩伝道士の活動も、久々に忙しいものとなりました。10日に大和警察署、25日に若林警察署で、主に若手警察官を対象とする伝承教養が企画され、それぞれで講演を行いました。前にも書きましたが、私にとって、宮城県警での講演は、当時から在籍していた職員(「戦友」とも言える方々)も多いので、心理的なハードルが高いところです。それでも、「警察謝恩伝道士活動報告~感謝を込めて~」というタイトルの下、「戦友」の皆様に対するご報告という形で、何とか語り終えることができました。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210210/k10012859721000.html

https://www.fnn.jp/articles/-/142562

このほか、私は宮城県警の採用ではないにもかかわらず、勝手にOBの一人と自称し、かつ、「宮城県警察退職者有志の会」の代表にも任じております。この関係では、217日に、警察学校で、県警主催による伝承教養が行われたのですが、私は、5分ほどの挨拶を行ったほか、75分ほどのパネルディスカッション(パネリスト=当時の沿岸警察署長等)で、モデレータを務めました。下記の報道等をご参照ください。

https://kahoku.news/articles/20210218khn000022.html

https://www.sankei.com/affairs/news/210217/afr2102170023-n1.html

同日は、その後、県警本部の会議室等をお借りして、10年前の3月に退職された方々のために、「顕彰状授与式・壮行式」を開催いたしました。関係者間では、通称「幻の壮行式」と呼ばれているこのイベントは、県警本部の絶大なるご協力・ご支援の下、「宮城県警察退職者有志の会」が主催したものです。私は、同会代表として、顕彰状授与式の冒頭、次のような挨拶を行いました。

  • あの年の3月、皆様は、元々315日発令予定で、第2の職場の勤務開始などを控え、旅行など計画し、楽しみにされていたのではないか。しかし、一転、あの大震災発災で、異動は凍結。皆様も、331日ギリギリまで不眠不休の活動を余儀なくされたのだった。
  • そして、331日、県警全体が戦時に近い非常体制のさなか、やむを得ず、皆様は職場を去られた。しかも、通例の壮行式もなく、後輩職員からの祝福も受けずに。おめでたいどころか、苦闘を続ける後輩職員を横目でご覧になり、いわば戦線離脱の形で職場を去られた。一種の罪悪感を抱き、複雑なご心境のまま、職場を去られた方も多いと拝察。
  • 本部退職の幹部の方には、本部長室で辞令交付をさせていただいたが、特に警察署で退職された皆様には、お世話になったことの御礼や、それまでのご労苦へのご慰労の言葉ひとつかけて差し上げることができなかった。このことは、長く、私の中ではずっと心残りだった。
  • 今回、大震災10年の節目に当たり、何か有意義なイベントを実施したいということで、「有志の会」中心メンバーと議論する中、この「顕彰状授与式・壮行式」が第一候補として浮上。その後、関係者の大変なお骨折りで、このように式典を実施することができ、本当に感無量。

退職者の皆様は、その後、県警本部玄関ホールにおいて、千野本部長はじめ多くの現役宮城県警職員に見送られる中、10年越しで、退職の「花道」を歩んだのでした。

これらのイベントは、私にとっても関係者にとっても、一つの大きな節目になりました。

2021年3月 3日 (水)

警察人生ソネット⑱

知見の範囲でしか想定できない



警察職員たる者は リスクの評価を行って

万一の危機に備えるは 今や必須の時代なり

東日本大震災 あれから十歳(ととせ)の節目なり

大災害の発生は 今にもあると思うべし

 

忘れるなかれ 日頃より 個人の凶事も 起こり得ると

今まで無事に済んだとて リスクがないとは言い切れぬ

他人の事故や不祥事は 我が身にとりて 他山の石

同じ憂き目に遭うリスク 自ら測り 自重すべし

 

起こるリスクの評価とは 想像力が基本なリ

想像できないリスクには そもそも対処のすべもなし

想像力の源は 獲得知見にほかならず

史実や資料を学習し 想定範囲を広げるべし

 

あの時の苦渋の体験 忘るまじ 大震災から再び学ばん

学習し 知見を広げて想像し リスクを評価し 準備をしよう

(季刊現代警察第163号より ※同誌は残念ながら休刊となりました)

2021年2月 9日 (火)

10年目の3.11が近づいてきた

 発災10年の節目で、関連する報道やイベント・取組が目立つようになってきました。

 かく言う私(小欄)も、地元紙からインタビューを受け、その結果がかなり大きな記事(1/24付けの13面、WEB版は下記)になりました。聞き手は、当時からよく知っている記者ですが、こちらの予想以上に良く書いていただいたとの印象です。この記事については、既に知り合いからの反響もかなりあって、非常に面映ゆいところです。https://kahoku.news/articles/20210126khn000027.html

 ところで、この記事の見出しは、「遺体安置場所 知事に直談判」です。正直、この点がクローズアップされるとは思っておりませんでした。そのインタビューは、聞き手も話し手(私)も、約2時間、多岐にわたる論点に言及するものでした。一方、見出しは、やむを得ないことながら、一点集中的に際立たせる(=読者の注意を惹く)ものであるため、一瞬(よく読めば違うと分かるのですが、一人称文体であることも加味されて)、「話し手が一番先に話したかったことはこれか!」と思ってしまう読者の方も出てしまうかもしれません。

 確かに、災害対策本部長たる知事は、文字通り県内の災害対策の中心・大黒柱ですし、特に、前々からよく存じ上げている村井知事は、人格識見、危機管理能力等、すべてに秀でた素晴らしいリーダーでした(今もそうです)ので、おそれ多くも「直談判」していたということは、県民皆様の耳目を集める事柄なのでしょう。ただ、「直談判」という3文字(インタビューの際に私がこの言葉を用いたのも事実です)は、裏を返せば、「通常の作法としてはあってはならないやり方(注:1116日付小欄記載の「割り込み、不穏な空気、くぎを刺し、口を挟む」も、やはり作法違反を示唆?)」あるいは「担当者間の協議から順番に積み上げるのが本来の姿」というニュアンスを示しているようにも見えます。その意味で、インタビューの際にこの3文字を使った私自身も反省なのですが、見出しのこわさという趣旨で、このように書き記す次第です。むしろ、あのような局面では、責任者が迅速かつ直接に意思疎通することこそが求められるというべきでしょう。

 ちなみに、1面から続く3面の方の見出しは「殉職14人 痛恨の出来事」「震災教訓伝承、私の使命」であり、これらはまさに、私がお話ししたかったことのエッセンスでありますので、改めて、本当によく書いていただいた(これら見出しの論点以外も、簡潔な表現で的確にカバーしていただいた)との思いで一杯です。誠にありがとうございました。

 というところで、今回の小欄を終えるべきですが、もう少しだけ補筆させてください。

 手元メモによれば、大震災の際に知事と11でお会いしたのは全部で38回でしたが、その第1回は314日でした。上記記事中に「村井嘉浩知事に直接、『利府町の県総合体育館(グランディ21)を使わせてほしい』とお願いした。知事には一対一で会う時間をちょくちょく取ってもらった。県の会議で話しにくい内容などを、会議後に知事室に寄って話すこともあった。電話でも頻繁にやりとりした。」とあり、まさにこの通りなのですが、確かグランディ21の使用開始は2日目(の午後)からだったので、このお願い自体は、11面談ではなく、電話か、会議後の立ち話だったと思います。後日、別の施設の利用可否の件で知事とお話したことがあり、この時は明確に11面談だった記憶がありますが、グランディ21についてはそうではなかったと思います。しかも、事前に担当者間での根回しがあったはずであり、グランディ21の使用が11面談の結果、トップダウンで決まったという印象を持たれる方が出るとすれば、それは不本意ですので、ここに補筆する次第です(記事の記載に誤りがあるという趣旨ではありません)。

2021年1月15日 (金)

家畜伝染病予防法

 昨年(令和2年)は新型コロナウイルス感染症一色の年(今年も?)でしたが、高病原性鳥インフルエンザ、豚熱(CSF)等の家畜伝染病(監視伝染病)も猖獗を極めた年(今年も?)でした。

 そこで、新型コロナウイルス感染症対策としての法的措置の在り方を研究する(そういう資格は全くないですが)上で、家畜伝染病予防法の仕組み(個人的に関心を寄せる部分)等を見ておこうと思います。というのも、感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)の規定による消毒その他の措置(第5章:行政命令等の世界)は、平成 11 年の同法施行以降、適用事例が全くないと思われるところ、家畜伝染病予防法の規定による措置(特に第17条・第17条の2の殺処分(患畜、患畜以外の家畜)、第32条の制限区域(移動、搬出)の設定等)は、枚挙にいとまがないほどの適用事例がある一方、社会公共の利益のための財産権侵害の可否・是非に関する論争が活発に繰り広げられているというほどではない(損失補償の要否等に関する訴訟事例はある模様)ように思われるからです。

 もちろん、人間と家畜の疾病を同列には論ぜられません(人獣共通感染症もありますが)が、感染症予防のために経済活動をどこまで(どの程度の強度で)制限できるか、それに伴う損失補償(給付金、手当金等を含む)はどうあるべきかなどは、共通する要素があるのも事実でありましょう。

 また、例えば、感染症法第第33条の交通の制限・遮断と家畜伝染病予防法第15条の通行の制限・遮断とを比べると、どちらもまん延を防止するため緊急の必要があると認める場合(前者は消毒により難いときに限られる)に都道府県知事が(後者は市町村長も)72時間を上限とする期間、制限・遮断の措置を講ずることができることとされています(違反に対する罰則はそれぞれ50万円以下、30万円以下の罰金)。ちなみに、感染症法第33条は原則として1 類感染症(エボラ出血熱等の7種類の感染症)だけに適用できる規定であり、新型コロナウイルス感染症(同法の指定感染症に指定されており、一定期間は、政令で定めるところにより同法のかなりの規定の準用があり得る)には、現在のところ適用できません。

 間もなく国会で議論されるであろう新型インフル特措法・感染症法の改正案の詳細(条文ベース)は、現時点、承知しておりませんが、収束の兆しが全く見えないコロナ禍への法的対応をグレードアップする上で、家畜伝染病予防法との対比も視野に入れる必要があるのではないでしょうか。(今回の改正案に関しては、全く個人的な趣味の領域ですが、変異種について、現在の「病原体がベータコロナウイルス属のコロナウイルス(令和二年一月に、中華人民共和国から世界保健機関に対して、人に伝染する能力を有することが新たに報告されたものに限る。)であるものに限る。」で読めるのか、にも関心があります。)

 ちなみに、人獣共通感染症については、今までも色々と発生しておりますが、今回のコロナウイルスにゴリラが罹患したとのニュースには驚きました。おそらく、逆も十分あり得るのでしょう。このような傾向がかりに強まるとすれば,ますますヒト感染症と鳥獣感染症への対応について、法的な側面を含めてクロスオーバーさせる必要が出る可能性すらあると思ってしまいます。

2020年12月17日 (木)

異常な年も師走に

コロナ禍一色の感のある2020年(令和2年)も12月に入り,いよいよ大震災10年の節目となる2021年(令和3年)が目前に迫りつつあります。この関係(「あれから10年」)では,今所属している会社の特別企画に関与したり,個人的にも一部マスコミから問い合わせを受けたり,といった具合で,当面は,あれから10年,10年というふうに,社会的関心も相当高くなる可能性があると改めて認識します。

他方,その後はいったいどうなるんだろう,10年の節目でまとめ・整理をしたら,はいおしまい,では,被災者の位置付けは,どうなってしまうのだろう,と思います。10年程度で簡単に忘れられたらたまらない,まして福島の帰還困難区域では,いわば今もなお被害が進行中なのに,と被災者の皆様は感じるのではないでしょうか。

そういう意味で,来年は,3.11以降の例えば4月の月命日に,どういう取り上げられ方をするか,注視していきたいと思うこの頃です。

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